Sunday, May 17, 2009

8. カルマパ

ここで、このブログの6番目の記事でも言及した、カルマパについて紹介します。カルマパは、私たちが教えを受けているチベット仏教カルマカギュ派の教主です。

チベット人はグルリンポチェを、釈迦牟尼佛の後の第二の仏陀と見做しています。そして彼らはカルマパを、グルリンポチェの化身であると信じています。チベット人はまた、カルマパを観音菩薩の化身の一人でもあると見做しています。カルマパの出現は、釈迦牟尼佛によってSamadhiraja 経典の中で次のように予言されています:

わたしが入滅してから二千年後、
教えは赤い顔の者の土地へ広まるだろう。
彼らは観音菩薩の弟子;
カルマパとして知られるSimhanada菩薩が現れる。
サマディを習熟し、彼は衆生を治めるだろう。
そして、見ること、聞くこと、思い出すこと、および触れることによって、彼らを祝福する。
Lankavatara 経典のもう一つの予言では次のように予言されています:

僧衣と黒い冠を着けて、
彼は絶えず衆生を利益する。
一千佛の教えが消え去るまで。

カルマパは、比類ない人物です。彼は、チベット仏教におけるトゥルク(転生ラマ)制度の創始者です。第一世カルマパ、ドゥスム・キェンパは、自分の生まれ変わりについて予言した手紙を残しました。第二世カルマパ、カルマパクシはその手紙の記述に基づいて発見されました。カルマパクシは中国の明の皇帝に招かれて、中国へ行きました。宮殿に滞在した最初の21日間の間、カルマパクシは21の奇跡を起こしました。そして中国の皇帝は、カルマパクシの弟子になりました。その時から、その後の世代のカルマパもみな続けて明の皇帝のグルになっています。

第十六世カルマパは偉大な菩薩でした。彼は口伝の教えを、主に自分の根本グルである第十一世タイ・シトゥリンポチェから受けました。第十六世カルマパは布教活動を広く行いました。ヨーロッパや北アメリカでは、ただカルマパを一目見ただけで仏教徒になった人々が大勢います。このようにして、ヨーロッパや北アメリカではチベット仏教が栄えていきました。多くの仏教センターが世界中で、きのこが生えるようにどんどん出来ていったのです。第十六世カルマパはたいへん多くの人々に影響を与えました。私の人生も、第十六世カルマパのもとで帰依をしてから、ずっと良くなりました。

第十六世カルマパは、多くの素晴らしい奇跡をのこしながら、合衆国で亡くなりました。その入滅の数年まえに、第十六世カルマパは、自分の最も親しい弟子である第十二世タイ・シトゥリンポチェに、手紙を渡しました。第十二世タイ・シトゥリンポチェは、後に、現在の第十七世カルマパの根本グルとなっています。その手紙には、カルマパの生まれ変わりについて、両親の名前、生まれる年、出生地、また、生まれる時に起こるしるしなどの詳細が書かれていました。こうして、第十七世カルマパは、難なく見つけることができたのです。

第十七世カルマパ、ウギェン・ティンレイ・ドルジェは、1985年6月にチベットのカム地方の遊牧民の家族の間に生まれました。彼が生まれるとき、近所の人々はどこからともなく響いてくるほら貝の音を聞きました。それは約2時間にわたって、そこいらじゅうに響き渡りました。 この出来事は、上で言及した第十六世カルマパの手紙に予言されていたのです。不思議な音と共に生まれたこの遊牧民の赤ちゃんは、アポ・ガガと名付けられました。彼が6歳になった時、手紙の予言に従って第十七世カルマパを探していた捜索隊が、彼のところにやって来ました。

第十七世カルマパは、1992年9月27日に、中国共産党中央委員会の認証書とともに、チベットのツルプ寺で即位しました。中国共産党政府が転生ラマを認めたのはこれが初めてでした。カルマパについてより詳しく知りたい人は、このリンクへどうぞ:http://www.kagyuoffice.org/

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