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Tuesday, May 17, 2011

第17世カルマパの教え - 1.仏法を生きる


1.仏法を生きる
一般的に言って、いかに仏法を修めるかという事と、人生をいかに適切に生きるかという事は、たいへん似通っています。
人生において、私たちは多くの疑いや迷いを持っており、人生の目的や意義などは、あまり明確ではありません。(人生における)正しい見解を持たず、明確な姿勢をもたなければ、心配事や考え事が多くなり、人生はあまりうまくゆきません。
同様に、仏法の修行もまたそうです。まず、私たちは(仏法を)はっきりと理解する必要があります。私たちは、その目的をはっきりと見据えなければなりません。その意義と見解、立場を理解すれば、修行はとても簡単になります。
もしも私たちが、修行に関してあまりに多くの概念を持ちすぎると、それは仏法の修行ではなくなってしまいます。それは宗教となり、ひとつのシステムとなっ てしまいます。そうなると、多くのことが出てきます。神、霊、善、悪、さまざまな教義など。しかし、本当の修行はそこにはありません。私たちが仏法を修め る過程において、やはり、見解や概念を持つものではあります。ただ、私たちが仏法を、実際に人生において生かそうとするとき、多くの哲学を知る必要などな いのです。理解できればそれはそれで良いことです。しかし、もし理解しなくても、それもまた良いことなのです。
 要は、生きとし生けるものの助けとなるため、努力しなければならない、ということです。それがなされた時、私たちは仏法を人生に生かしているのです。

Wednesday, November 26, 2008

4. 誠実さの重要性

前の記事で、「福」あるいは功徳を得るための正しい方法について述べました。ではここで、「功徳を積む」または「福」(ポジティブな力の要素)を増やすとされる行為が、どのように可能であるか分析してみましょう。

たとえば、私たちは仏像を買って開眼供養すると、仏壇に納めます。そして生花や灯明、果物などをお供えします。このような行為が、私たちに「福」をもたらします。私たちが食物やその他の物を僧伽の一員(僧侶)に供養すると、その行為の結果は功徳として帰ってきます。経典印刷の布施を行ったり、その手伝いをすることは、功徳を積む行為です。しかし、上述したような行為は「福」を買おうとする行為と同じものなのでしょうか?そのように考える人々もいるでしょう。どちらの場合もお金がかかるからです。私たちは「福」を呼ぶためにそれを行うのです。

しかしながら、功徳や「福」を得るためには、私たちは正しい動機をもち、誠実でなければなりません。私たちがお釈迦様に供養するとき、その行為自体がお釈迦様の教えや働き等に対する賞賛を表します。私たちはそのことを忘れてはなりません。私たちが僧や仏法のために布施をするときも、正しい動機で行うのです。こうすることにより私たちは、ポジティブな行為を通してポジティブな力を創造しているのです。お釈迦様を賞賛するというのは利他の行為を賞賛することであり、私たちに智慧を与え無明から救う教えを賞賛し、また他を利益するために仏のようになろうと発心することでもあります。したがって、そのような行為は自分自身のみのためではなく、すべての衆生を利益するという大きな意味があります。その結果、そのような行為は自他共に対して、より多くのポジティブな力の要素-「福」-を生み出します。これが開運グッズを買うこと-殆どの場合、自分自身のためにご利益を求める行為-との違いです。

仏教の修行において私たちは、積んだ功徳のすべてを衆生の悟りのために回向します。この行為は自他共に対して大変な利益をもたらします。功徳の回向は、丁度スプーン一杯の水を大海に注ぐようなものです。スプーンの上の水は数日で干上がってしまいますが、この水を海に注げば、いつまでも乾くことはないでしょう。

私たちがポジティブな行為を行うと、「福」を呼びます。三宝(仏、法、僧)に供養することは、ポジティブな行為です。それは上で示した通り、ポジティブな力を生みます。私たちのポジティブな力(「福」)が増えると、それは努力や技術、良いタイミングなどと組み合わさって、私たちに必要なものに形を変えます。私たちの望みを叶えさせるためには、多くの「福」が必要です。要するに、それで良い人生を送るという私たちの望みが叶うのです。

Friday, February 15, 2008

1. 中国正月のメッセージ‐良い人生を送るために



恭喜発財!!!!!!!

中国正月おめでとうございます!
 阿毘達磨(仏陀の高度な教えを釈明している書)のなかで、お釈迦様は「生命はこの瞬間から次の瞬間へ、今生から次の生へとさまよう。」と仰ったと書かれています。私たちが一瞬ごとに、また、それぞれの生において、幸福を感じることができるのは、私たちの積んできた功徳のお陰です。

 私たちがこの地上で、現在のライフスタイルを生きることが可能なのも、私たちが積んできた功徳のお陰です。さまざまな国や社会は、その積んできた功徳がそれぞれ異なるため、異なるライフスタイルを持っています。功徳は、私たちの生涯のそれぞれの瞬間ごとに、ポジティブな行動により得ることができ、ネガティブな行動により失ったり損なわれたりします。

 この時期になると、中国系の人々のどの家に行っても、「福」の文字が飾られているのを目にします。古代中国の賢者たちはこれに関するある原理を、仏教が中国に伝えられる以前に発見しました。中国の賢者たちは長い間、「福」が私たちの人生と大変深く関わりあっているという事を強調してきたのです。「福」は、私たちが人生において手に入れたいと願う全ての物事に対して、関係があるということです。そして、その点について彼らが正しいということは、仏陀もまたこれについて説いていることから分かります。
 仏教では、功徳を積むということが重要視されます。これは中国の賢者たちの言う「福」とよく似た概念です。現代では、仏教徒たちは僧侶や尼僧、ラマ、リンポチェ(チベット仏教の高僧)たちにより、功徳を積むことが、仏法の修行を含めた彼らの幸福に対して重要であると、常に指摘されています。そのため、仏教の修行において、功徳を積むための多くの方法があるのです。

 タイでは、「福」を集めることを「ターンブン」と言います。タイ人は寺に詣でると、大変喜んで「ターンブン」を行います。彼らには毎月特別な日が4日あり、その日(ワンプラ ‐ 仏日)にタイの人々は「ターンブン」を行うために寺に集まります。彼らが「ターンブン」をしたあと大変満足するのは、「ターンブン」が彼らの生活をより良いものにすると信じているからです。それは「ターンブン」の行事を終えたあとの彼らの顔から察することができます。


 「福」は、私たちの心の動きの中で、ポジティブなエネルギーの要素として現れます。この要素は、適切な組み合わせと適切なタイミングにより、どんなものにも変換させることが可能です。チベット仏教では、このポジティブなエネルギーの要素を変換する巧みな方法が各種存在します。私たちの創造的なアイデアは、私たちの心の動きの中のこの要素から、湧き上がるのです。

 私たちは知らぬうちに自分の「福」を損なうこともあります。それは、私たちの日常生活の一瞬毎において、身体、言葉、心によるネガティブな行動によってなされます。 

 では、「福」を傷つけるようなネガティブな行動とは何でしょう?中国の賢者たちも仏陀もともに説くのは、「福」あるいは功徳は、一瞬毎に私たちの心の中で起こっている、嫉妬、怒り、憎しみ、慢心、吝嗇(けち)、抑制のない欲などのネガティブな感情により、損なわれるということです。しかし、これら全てのネガティブな感情は、仏陀の教えを修めることにより、それを正しいものに変えることができます。

 仏教では、精神開発の活動を重視しています。これは一般には瞑想として知られています。この方法によって私たちは、ネガティブな感情を少しずつ、しかし確実に弱めることのできるような、より健康な心を育むことができます。その結果、私たちの心の中にあるこの貴重なポジティブ・エネルギーの要素を損なうのを、避けることができるのです。

 殆どの人は、この「福」が足りないために、望みを叶えることができません。私たちのうちの殆どが、得た「福」よりも多くの「福」を失っているように思います。そのため、私たちの功徳(福)が足りないときは、目標に達する道の途上に障り(障害)が必ず生じ、望みを叶えることができないでしょう。

 私の考えでは、もし私たちがキャリアやビジネスにおける夢を叶えたいと思うなら、それぞれの「福」(功徳)を増やし、有効にする必要があります。そうすればこの「福」を、金銭的な形や豊かさに、または喜びと幸福、心の平安を得るための仏法の修行を障害なく行う機会などに、変換することができるでしょう。

 私たちは、いつでもどこでも、できる限り絶え間なく、「福」を増やしてゆくことによって、良い人生を送ることができるのです。 私たちは、何をするにも、何を得て、何を達成するにも、功徳(福)が必要なのです!

 次のメッセージでは、「福」を集める方法について書きましょう。 この新年のメッセージがあなたの役に立ちますように。

今後もどうぞ宜しくお願いします。

慧果法師



*写真(上):「福」の字逆さにする(倒す)ことで、「福倒了(福が逆さになった)」と、「福到了(福が来た)」をかけている。縁起が良いとして、新年に限らず華人が好んで家や店舗に飾る。
*写真(中2つ):中国のお年玉袋
*写真(下):プノンペンのホテル内レストランの壁面にディスプレイされた「福」。オーナーは中国系。